IDEA

記憶を補完するAIスピーカー

藤田 昭人
一貫してプログラマとして研究開発に従事。1984年(株)東洋情報システム(現TIS)入社。1990年 オムロン(株)入社。1996年(株)NTTアドバンスドテクノロジー入社。2008年(株)IIJイノベーションインスティテュート入社。2018年 LINE(株)入社(2020年12月定年退職)。著作に『Unix考古学』がある。

──現在考えられているビジネスとその目的はどのようなものでしょうか?

ビジネスタイトルは「記憶を補完するAIスピーカー」。キャッチフレーズは「加齢を補う知的義肢としてのAI」です。当然のことですが、人間の身体は年齢を重ねると老いていき、身体的な老いが原因で社会への参加機会が減ると、精神的な老化にもつながると言われています。では、身体的な老化の有無に関わらず、高齢者の社会参画の機会が増えれば、精神的な老化の進行を遅らすことができるのではないか? そう考え、AI技術を活用した高齢者の音声対話を理解·捕捉するデバイスを開発し、他者とのコミュニケーションを支援することで高齢者の社会的インセンティブの維持を図るビジネスを考えました。

 

──具体的な事業としてはどのようなことを計画されているのでしょうか?

開発に活用するAI技術は、現在のデジタル·コミュニケーション技術を前提に考えています。高齢者が社会参加に消極的になるのは「新しいことを覚えられない」と感じることも一つの要因です。よって、開発するデバイスは負担の少ない音声対話によって操作できる仕様を考えています。また、「過去の記憶が曖昧で言葉で語ることが難しい」といった記憶能力の低下に対応できるよう、開発するデバイスは、AI技術がユーザー(高齢者)の発話を聴きながら、その記憶を補い、相手との円滑なコミュニケーションを支援する仕様にする計画です。

 

──ビジネスアイデアの特徴を3つ上げるとしたら、どんなところでしょうか?

一つ目は、「記憶を辿る機会をつくる」。ユーザーの記憶を収集する音声対話AIスピーカーはユーザーである高齢者に対して様々な質問を発し、ユーザーの記憶を収集します。ユーザーが日常的に接するメディア(テレビ番組など)や過去に読んだ本などから言葉を抽出し「XXXとは何ですか?」といった質問をユーザーに投げかけることで、使用者の記憶を辿る機会が増やし、記憶の曖昧さを解消する仕掛けです。

二つ目は、「対話や情報発信の介助」。上記の様々な質問から蓄積されたユーザーの記憶を使ってユーザーと他者とのコミュニケーションを介助します。高齢者は人名などを頻繁に忘れがちですが、「あの人」が誰なのか他者にもわかるよう対話を介助します。またこの機能は、チャットやSNSでユーザーの関心事を探したり、ユーザー自身の感想をポストしたりして、社会参加に繋がるコミュニケーションも支援することができます。

三つ目は、「文章作成の介助」。ユーザーの記憶が十分に蓄積されたあかつきには、その情報を使って感想文や紀行文なども作成できます。作成した文章を読み上げますので、ユーザーは校正も可能です。出来上がった文章はブログなどの形で公開もできるのでユーザーの積極的な情報発信の手助けにもなります。さらには、プログや書籍出版につながればインセンティブにもなります。

 

──なぜこのビジネスアイデアを実現したいと思うようになったのでしょうか?

今年還暦を迎える自分自身の老化に対する自覚が発案の動機です。年々記憶が曖昧になり、誰かとの対話で返答を返すために時間を要するようになってきました。このままでは、誰かと対話することが億劫になってしまうような予感もあり、また加齢により視力低下も著しく、いずれコンピュータを使うことが難しくなると想像するに至り、情報機器を使えない高齢者の心境が理解できるようになりました。高齢者の社会進出機会および高齢者特有の情報機器に対するハンディキャップを乗り越えるための手段として、今回のAIスピーカーの開発を実現したいと考えました。

 

──なぜこのビジネスが今必要だと考えているのですか?

現在の介護制度は、加齢による身体的な機能低下の対策にはなり得ていますが、被介護者のメンタルケアという難しい問題とはリンクしていない現状があります。被介護者の自尊心は常に揺らいでいますし、それが家族や介護の専門家の負担を増やしている現実もあります。また、誰もが持つ、認知能力の低下を防ぎ「最後まで自分自身でありたい」と願う気持ちを叶える術や、被介護者の生きる意味の一つとも成り得る他者からの肯定的評価などを、社会とのコミュニケーションの中で被介護者自身が求めているとも感じています。ご本人がこのAIスピーカーを使い、SNSを使った形で社会参画ができれば、自己肯定にもつながります。現在の高齢者介護において、このようなメンタルケアの新しい手段が今、社会的に求められていると実感しています。

 

──アクセラレータープログラムに参加した時点での課題意識と、参加した上での成果はどのようなものだったでしょうか?

ビジネスの企画について、バックグラウンドの違うメンターの方々と議論できる機会が持てたことが、大変有意義でした。理由は、自分自身が長年ソフトウェア開発業に従事していたため、実現に向けて「どのようにソフトウェアを開発するか?」というエンジニアリング的な検討には慣れていましたが、企画に関しては同業者内の議論に終始していたのだと気づけたからです。
「高齢者支援とAI技術を組み合わせる」というビジネスの核(企画)を軸に、複数のメンターの方々と交わした議論は、ビジネス全体の構造を俯瞰して見る視点や、違う分野の方がこの企画に共感を抱く切り口の大切さなど、気づきの多いものでした。また、何より、ビジネス化へのアプローチ方法に気づけたのも大きな収穫でした。つまり、自分側にある「ビジネスの核(企画)」を、相手にアピールするスタンスに変換することが、イコール「業を起こす(ビジネス化)」ということなのだと気づき、ビジネス化に向けた第一歩を踏み出せたように思います。

 

──ビジネスアイデアの実現に向けて、これからの展望をお聞かせください。

「業を起こす」に向けての第一歩は、研究が必要な技術課題を1つずつ潰していくアプローチを開始します。そして、長期計画としてスケジュールを再設定し、課題解決のプロセスや中間成果を可能な限り公開することで、この事業企画自体を世間に広く知っていただきつつ、このビジネスに共感を抱き、ともに開発·実装するパートナーを募りたいと考えています。

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