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KOIN塾 事業を共創する仲間と仕組みの作り方 開催レポート(第3回)

WRITER : 井上 良⼦

2024年 第3回KOIN塾のテーマは、最近よく耳にする「ウェルビーイング」です。

今回も講師を務める福冨さん(my turn理事 以下トミーさん)は、心の豊かさをカタチにしていく上で個人にとっても企業にとっても大事なキーワードだと言います。

トミーさん自身、まだ社会にそれほど浸透していなかった9年前から研究し始め、講義の冒頭で伝えられたのは「正解がない」ということでした。国際機関や学術的には定義されているものの、一人ひとりの「ウェルビーイング」と向き合うことが、私たち、そして社会にとってのウェルビーイングを深めていくことにつながる。そんな広がりを早速感じながら前半の講義が始まりました。

「ウェルビーイング」という言葉は、今から78年前の1946年に世界保健機関(WHO)の憲章の草案の中で使われたのが始まりと言われています。それによると「身体的・精神的・社会的に満たされている状態」と定義されるそうです。よく似た概念に心と体の健康を表す「ウェルネス」がありますが、そこに“社会性”を加えた概念が「ウェルビーイング」です。

また、幸福を表すハッピーが一時的な状態を表すのに対し、ウェルビーイングは継続的に続いている状態を表すため、自分の心身のみならず、社会的にも満たされた状態が持続する点に特徴があると言えます。その文脈から日本では、「持続的幸福」という解釈で使われることが多いそうです。

トミーさんは主観的ウェルビーイングを、

「ご機嫌な状態。ちょうどいい状態」と捉え、

人に与えてもらうのではなく自分でご機嫌になることが最強だと話されていました。自分にとっての「ちょうどいい状態」がどんな状態なのか、自分を知り気づくところから深掘っていくことが大事になるとのこと。

続いてトミーさんから紹介されたのは、世界における幸福度ランキングで日本は143カ国中51位(昨年の47位からダウンした)という数字でした。

なんと先進国の中では最下位に当たるそうです。

上位を占めているのが北欧(1位:フィンランド、2位:デンマーク、3位:アイスランド)の国々である点を見ると、夜が長く寒さも厳しいというように環境的にはマイナスの要因もある中、インテリアやデザインといった暮らしの豊かさや教育・福祉等の政策が充実していることなど、外的要因にとらわれず「今ある環境でどう楽しむか」という心の持ち方と楽しむための実践、そして国の方針・政策も大事だと分かります。

では、経済的・環境的には恵まれているはずの日本は、なぜ先進国の中で幸福度がこれほど低いのでしょうか?

この点についてトミーさんは、

「人生の選択の自由度が感じられないことと他者への寛容さが低いことが、幸福度を下げているのでは」と分析します。

「他者への寛容さ」についてのランキングでは、日本は137位とほとんど最下位に位置しているそう。

また、とくに若い世代で孤独が社会問題になっているように、リアルな交流の場が少なくなっていたり、情報の多さが逆に不安につながっていたりすることも関係している気がしました。

さらに75年にわたる専門家の研究によると、私たちを幸福で健康にするのは、富でも名声でもなく「良い人間関係」であることが明らかになっているとのこと。

仕事にしても地域での活動も自分一人では完結できないことや生活の中での助け合いの大切さなどを考えると、物質的なことよりも、人間にとって本当に必要なのは目に見えないつながりや関係性だということは、私たちもどこかで感じているはずです。

家族、会社、地域、あらゆる人間関係において

「どれだけ深いところで分かち合えるか、数ではなくその“質”が大事」だと、トミーさんは強調します。

温かな人間関係を築くうえでも大事なのは、意見や立場が異なる人たちにもどれだけ理解を示すことができるか、ここでも「寛容さ」が関わってくるそう。お互いの違いを認め合った上で、一緒に何かできないかを模索すること、違うからこそアイデアを掛け合わせていくこと。自分が心地いい状態を知り、自分と同じように相手を知り、そのうえでお互いを尊重し合うことが、心の豊かさを育んでいくのだと、これまでのKOIN塾で学んできたことともリンクしながら理解が深まります。

 

ここで、個人にとってのウェルビーイングに関して思い出したのは、筆者自身が10年以上関わっている社会起業家支援の中で、「誰かのため、社会のため」に頑張り過ぎて自分自身を置き去りにし、事業の途中で燃え尽きてしまうケースが多いことでした。

そのため、近年では、社会起業家たちの内面(being)と活動や事業(doing)の結びつきを研究した論文*が出ているほど、自分自身のウェルビーイングが土台となっていることの大切さは経験的にも実感しています。

Linda Bell Grdina, Nora Johnson & Aaron Pereia, “Connecting Individual and Societal Change,” Stanford Social Innovation Review, Mar. 11, 2020.

https://ssir.org/articles/entry/connecting_individual_and_societal_change

邦訳:「『わたし』を犠牲にせず社会を変えよう」(リンダ・ベル・グルジナ他、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本版01 2022年、SSIR Japan)。

起業家だけでなく、私たちも普段、組織の中での立場や家庭・地域の中での社会的役割など複数の役割をもって生きていますが、自分のことよりも他者を優先することが多かったり、周りから期待される役割を演じていたり、目の前の仕事や活動に追われて自分の心の声と向き合えていなかったりすることも多いのではないでしょうか。

会場の参加者からも、「誰かとの比較ではなく、自分軸で“ちょうどいい状態”を探っていくことが大切だと気づいた」「つい正解を求め過ぎて動けないことが多い。人と対話しながら自分の感性を高めていきたい」といった感想が出ていました。

講義の後半では、「ウェルビーイング経営」をテーマに講義が進んでいきました。最近では、日本経済新聞社が公益財団法人や有志企業、有識者・団体等と連携して「Well-being Initiative」を発足させ、既存のGDP(国内総生産)では捉えきれていない、社会に生きる一人ひとりのウェルビーイングを測定するための新しい指標「国内総充実(Gross Domestic Well-being、略称: GDW)を提唱するなど、経済のあり方も捉え直す動きが見られます。

かつては“お客様第一”とされてきた企業社会においても、“社員の幸福度”を重視する方向に変わってきていますが、

トミーさんが指摘したのは、

社員の幸福度に加えて「企業の成長と社会的責任の両立」を目指す“新しいビジネスモデル”が「ウェルビーイング経営」だということでした。

「生産性の向上や売り上げよりも一番大事なのは働く人と企業の持続可能性」であることは、国連が掲げ日本企業も積極的に取り組んでいる「持続可能な開発目標(SDGs)」や近年大きなトレンドとなっているESG投資(社会・環境・ガバナンスに配慮した経営を行う企業に投資すること)などの動きを見ても明らかです。

大きく変化しているのは投資や経営といった大きな枠組みだけでなく、組織内の働き方に加えて、現場の“マネージャーのあり方”も変えようとする事例が生まれているそう。

トミーさんから「リーダーシップからコミュニティシップ」への転換として、まちづくりの中だけに限らず、組織の中においても「コミュニティマネージャー」が導入され始めている事例が紹介されました。その一つが、前回のKOIN塾にゲスト登壇されたmy turn代表理事の杉原惠さんがコミュニティマネージャーを務めていた日建設計コンストラクション・マネジメント株式会社(以下、NCM)さんです。

建設プロジェクトに最適なマネジメントサービスを提供するNCMさんは、コロナ禍でオフィスをリノベーションしただけでなく、独自の認証制度(WELL認証)に加えて、“人と人を繋ぐ専門家”として「コミュニティマネージャー」を導入したとのこと。

従来の管理型マネージャーではなく、社員と社員、社員と外部の人を繋ぐ役割の人材を配置することで、これまでにない新しい価値の創出を目指しています。

また、地域での多様な取り組みを推進される京都信用金庫さんも、創立100周年を迎えた昨年10月より名称を「コミュニティ・バンク京信」と改め、今年に入ってから一部の店舗で通常の銀行窓口の営業時間を短縮し、職員が外に出て地域の人とのコミュニケーションをより活発に行っていく実験的な取り組みをスタート。

トミーさんは「今後ますます、一人ひとりのウェルビーイングを軸に個人のパーパスと企業のパーパスを重ねていくことで、より個人が発揮される」と話されていました。

具体的には、まず社員の相互理解を進めた上で人材配置やチーム編成を組むこと、経営上層部が策定したパーパスを噛み砕いて社員側に伝える人や仕組みをつくることなどが考えられるそう。

 

筆者自身もウェルビーイング経営の実践研究に取り組んでいるのですが、これまでのスキル(という外側のdoing)重視のリーダー研修とは異なる、社員どうしの内面的な対話から企業のパーパスとつなげる研修に関わる中で、時間がかかって数値化も難しいものの、個人の変化が組織の変化につながることも見えてきています。

トミーさんから提示された〈ウェルビーイング経営における4つのメリット〉にあるように、社員のウェルビーイングを重視する研修や施策には、“結果的に”生産性の向上が生まれ、

創発的なイノベーションが生まれやすいことは研究においても実証されつつあるのです。

最後にトミーさんから「ウェルビーイングマインドで世界を救えるか?」という大きな問いかけのもと、すべての人が豊かさと幸福感を実感できる社会に向けて、身近な周りの人たちと社会のあり方について話すこと、そして他者を認め、尊重し合うベースの上で一人ひとりが行動に落とし込んでいくことの大切さについて、参加者にメッセージを伝えていました。

いつも以上に深い学びがあった今回のKOIN塾。

まずは個人から身近な周囲(家庭など)、

そして組織の中にウェルビーイングが浸透していくことで、水面の波紋のように地域さらには日本社会に“真の豊かさ”が広がっていくイメージをもちました。

次回は早くも最終回。最後までどうぞお楽しみに!

 

 

 

 

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