過去に踏み込み、未来をつくる。京都というコンテンツ力が資源【京都に選ばれ続ける企業経営】10/15開催イベントレポート
PHOTO : 小坂綾子
歴史や実績のある京都の企業経営者を招き、経営の知恵を紐解く新シリーズ「京都に選ばれ続ける企業経営を学ぶ全4回」。その第1回が、10月15日(火)に開かれた。京都で育まれた経済の土壌の上に今と未来を重ね、人と知恵の出会いの場を生み出すKOINの新しい試み。株式会社ウエダ本社の岡村充泰代表取締役社長がコーディネーターを務め、創業300年を超えるお香の老舗・株式会社松栄堂の畑正高代表取締役社長がゲストで登壇。参加者はビジネスの極意を学び、世代を超えて受け継ぐべき「京都での経営」を考えた。
歴史ある老舗から学ぼうと集まった参加者たち。そこには、事業主だけでなく、会社員や学生の姿もあり、幅広い層の人たちが壇上を見つめるその表情は真剣そのもの。イベントは、畑さんが自らの経営で大切にしている理念や方法を伝授するところから、スタートした。
「温故」でコンセンサスを打ち破る
「温故知新という言葉がありますが、ポジティブに生きていれば、常に『知新』をしているわけです。そんなものを取り上げて大上段に構える必要はない。それよりも『温故』。みなさん、本当に温故してはりますか?」
畑さんの問いかけに、苦笑いする人がちらほら。
「世界を見て、京都人が『これは負ける』と思うほどの歴史的コンテンツ力、文化的コンテンツ力って、どれくらいあるでしょうか?京都の足元を見直せば、他にはないすごいコンテンツ力があり、『歴史を学んで未来を見る』というのは、京都という肩書きを持っている以上、みんなで取り組むべきテーマだと思っています」
歴史を学べば未来が見える。その具体例として、江戸時代はお線香で時間を計っていたこと、錦絵に描かれたお香の煙のような描写が、煙でなく香りを表現していたことなど、新しい視点を得たエピソードを紹介する畑さん。
「消えた火を起こすのが大変な時代は、お線香は火の種を持ち運べて、かつ時を刻んでくれるものでした。生活革命を起こしていたのです。お線香は仏様のものだと思い込んでおられる方たちのコンセンサスは、打ち破らないといけないと思いませんか?お香の煙だと思ってたものが香りだった可能性が見えれば、視野が広がり、未来を見る目が変わる。過去に踏み込むとは、そういうことです。」
松栄堂に参画して以来、歴史に踏み込むことを実行し続けてきたという畑さん。仕事をする上で大切にしていることの一つは、「革新が伝統を生む」という考え方だ。松栄堂が取り組んできた事業の一つ、香りのブランド「リスン」について、まさにその理念を体現するものとして紹介。この事業で「インセンス」という言葉を生み出し、普及させたが、インスピレーションのきっかけになったのは、海外で出会った別の言葉だったと打ち明けた。
言葉には、概念を作る力がある
「『リオタード』という言葉に出会い、辞書には舞踏用の練習着と書かれていました。イメージしたのはクラシックバレエ。けれど日本に帰ると、ファッショナブルで私の思っていたのと全く違う、日本語の『レオタード』が席巻していたんですね。『そうか、言葉には新しい概念を作るチャンスがあるのか』と思いました」
お香を「インセンス」と呼び続け、新たな文化を築き、ついに2008年1月、広辞苑に掲載される。それは、日本語として認知された証拠だった。新聞や雑誌でも普通にその言葉が使われるまでに普及した。「時間をかけてでも、あたらしい土俵を提案し続けることが面白い」と思うようになった畑さんだが、次世代に伝えるために、それ以上に大切なことがあると語る。それは「土壌をつくる」ことだ。
「御所のエノキの木が新緑を輝かせ、実をつけ、生き物を育み、時には幼稚園の子達が木陰で弁当を広げる。いろんな意味でこの木は社会性を提供しているけれど、それは、この木が思いきり根を張り、栄養分をもらい続けられる土壌があったから。この木自身にも、土壌をより豊かにして次の世代に託す責任がある。今の京都も同じで、あらゆる仕事、あらゆる社会に生きる人たちが共有すべきものだと思っています」
「関わりたい」と思われる企業に
畑社長がもう一つ大切にしていること。それは、「存在してほしいという企業活動」だと語る。
「烏丸二条の決して便利でない場所に、たくさんの人が『関わりたい』と思ってきてくださる。もし、来てもらって『こんなとこか』と思われるなら、店を閉めた方がいい。『関わってよかった』と思っていただきたいのです。それは、お客さんだけではありません。お香のアドバイスをしてほしいと映画制作のスタッフから依頼があり、うちの社員を映画の撮影チームに入れてもらったこともあります。『香』という一文字にこだわり続けている専門家集団だと、認めてくださる方々がいらっしゃる。それが大事だと思っています」
望遠レンズで焦点を合わせる
畑さんの講義が終わると、次は質問タイム。まずは、コーディネーターの岡村さんが、同じ経営者として知りたいこと聞きたいことの問いを、次々にぶつけていく。
岡村 「未来を考えるために過去から学ぶという考え方で展開してこられましたが、どのようにバランスをとって今の展開に結び付けられているのでしょうか」
畑 「今のカメラがなぜ適当にシャッターを押して映るかというと、広角レンズだから。被写界深度が広く、誰が撮ってもピントが合う。逆に標準レンズや望遠レンズは、被写界深度が浅く背景はボケるけれど、狙った部分は正確に映る。私たちは『昨日飲みすぎたから今日は飲まない』など近い過去の情報で近い未来を語り、広角レンズの生活をしているけれど、歴史の中のコンテンツに望遠レンズで焦点を合わせる力を発揮すれば、ピシッとものが見える面白さがわかり、未来の見方が変わります」
岡村 「深いですね。海外のものは、どのように取り入れて日本の文化にしてこられているのでしょうか」
畑 「異文化に出会うというのは、非日常の鏡に自分を映すということで、自分自身に出会うチャンスです。米国の方が、お線香の香りを『こんなにナチュラルな香りはわが国にはない』とおっしゃったことにハッとした経験があります。私たちは、お線香には荘厳、伝統的、厳かという言葉を使い、『自然な』という形容詞は持っていなかった。積極的に海外に出て、新しいものの捉え方を学ばせてもらっています」
岡村 「京都の老舗企業の存在意義というのは、どこにあるのでしょうか」
畑 「京都にいるというだけで、世界から見ればコンテンツ力があります。1200年前から人が意識を集め、世界から入ってくるいろんなものに出会って、人の心のひだを震わせ続けて命を燃やしてきた場所。そのプラットフォームであり、檜舞台だったのですから、よその人がどうしてもひっくり返せないものがすでにあるのです。そこを温故し続けること、生真面目に素直に、先達の歩まれた道を学び続けることが、私たちが未来に語る力になると思います」
歴史の中の「普遍性」とは
イベントの後半に設けられたのは、参加者からの質問の時間。参加者は、テーブルごとに4人1組になり、話を聞いていて心が動いたポイントをシェア。京都で選ばれ続ける経営について問いを考え、畑さんにぶつけていく。
参加者 香りは、アナログの要素が強いので残ってきたと思うのですが、デジタルで数値化された時にどう対応されるのでしょうか?
畑 光と音は波なので、デジタルへの置き換えが一気に進みました。今は視聴覚革命の時代だけれど、私たちは五感で生きていて、物質的な情報を持って初めて得られる情報があります。握手は触覚。嗅覚も非デジタルです。白檀というのは、天然の植物繊維の不純物丸々の世界を粉にして使い、常に揺らいでいるし、ファジーなんですね。だから同じものを作れるとは思っていません。天然の揺らぎを楽しんでおられる方が、例えば揺らぎのあるデジタルの明かりを見て、『ええなあ』と思われるでしょうか?『香り』の本質がどんなものかと考えた結果、そういう結論を持っています。
参加者 どんな世界になっても選ばれる会社になろうと思うと、提供するものも変わっていかないといけない。将来の子供たちに残していきたい価値観を教えてください。
畑 人類という生命体は、原始の時代から基本は同じ。文明と文化のせめぎ合いがずっとあって、その中で、歴史の中の「普遍性」を考え続けることだと思っています。そこを私たちが踏み外さない限りは、どんな社会になっても、人としての五感の震えというのは、自由に見つけてくださると思っています。
参加者 従業員の人たちに対して、ぶれない軸をどう伝えておられるのでしょうか。
畑 みんなが同じ道を歩く必要もないし、同じリズムで歩く必要もないけれど、しつこいくらい「同じ方向を見つめよう」という呼びかけをします。松栄堂という船に乗ってしまった限りは、一緒に港を目指したい。もし事件が起こったなら、「誰が何をやった」とはっきりさせます。本人は辛いと思うけれど、抽象的に表現しても誰も自分の問題として咀嚼できないですよね。なぜそれが起ったか、というところまで共有しています。
何より大きな財産は「人」
締めくくりの質問は、岡村さんから。畑さんは質問に答えるかたちで、次世代の経営者たちへのメッセージを送った。
岡村 規模の成長を求めていた時代から、質的なものを求める時代へと、価値観が変わりつつあります。京都のポテンシャルの重み、強みがある中で、今から経営する人たちはどのような意識を持てば良いでしょうか。
畑 松栄堂は300年続いていますが、謙虚に預かっているだけで、私は一番幸せな時代を担当していると思っています。大変な300年だった中で、一貫して守り続けたものは何かというと、ご先祖様と誇りでしょう。今後も同じようにつないでいけるのかわからないけれど、一つ言えることは、今日参加してくれた3人の社員にとって、もしもこの時間が違和感を覚える時間だったとすれば、勇気を持って修正しなければならないということです。「人」は何よりも大きな財産で、そこの部分のやり取りは、コミュニケーションしかないのです。
「京都」そのものの持つ力を信じて疑わず、思い切った挑戦で新しい未来を作っていく。決して奇をてらうことなく、連綿と受け継がれてきた先人の営みに目を向けつつ、今この時を同じくする人たちと同じ方向を見続けることに力を注ぐ。京都に選ばれ続けてきた松栄堂の経営理念が示したものは、京都というコンテンツの懐の深さであった。示唆に富む言葉の数々が提供された新シリーズ。次回はどんな訓言が聞けるのか、会場は期待感に包まれていた。