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グローバル化・多角化を遂げ、更に進化を続けるNISSHA株式会社の経営【京都に選ばれ続ける企業経営】1/20開催イベントレポート

WRITER : 柴田 明
PHOTO : 柴田 明

「実は僕、鈴木さんより1歳年上なんですよ。でも『鈴木さん』としか呼べないんです。『鈴木くん』とはよう言わへん。50代で、これだけ世界に出て闘っている人はそうおられません。」

「京都に選ばれ続ける企業経営を学ぶ全4回」シリーズを企画した株式会社ウエダ本社 代表取締役社長 岡村 充泰さんは、最終回を飾るゲストについてこう語った。創業から90年間、ダイナミックに姿を変えながら成長を続けてきたNISSHA株式会社。グローバル化を推し進め、現在進行形で新たな変革を仕掛けている代表取締役社長 兼 最高経営責任者 鈴木 順也さんは、京都という土地でどのような経営を行ってきたのだろうか。

技術を深掘りし、横へ広げていく。変化を続けることは、しんどいことです。

これまでに、松栄堂、トーセ、ロマンライフと名だたる企業の代表をゲストに迎え、さまざまな切り口から京都ならではの経営に迫ってきた岡村さん。「ユニークな経営の話をすると、そういうことは規模の小さい会社にしかできないのでは、と言われることがあります。今日は鈴木さんから、 売上高が2000億円を超える大企業にも、京都らしい経営の仕方があることを勉強させていただきたいと思っています。」マイクを握る手の力強さに、最終回への意気込みを感じた。大きな拍手とともに鈴木さんが立ち上がると、会場からは心地よい緊張感が伝わってくる。

鈴木 「私は、 会社をずっと続けていくということは、変化し続けることだと思っています。当社は高級美術印刷という非常にニッチな分野で、1929年に創業しました。そこから90年の間にいくつもの変化を経て、現在では産業用機器や自動車、家電、メディカルなど数々の業界に技術を提供しています。

変化を続けることは、しんどいことですよ。皆さんも、仕事をしているとうまくいかないことの方が多いのではないでしょうか。こういう話をすると、『失敗してもいいんですか?』と若い社員に聞かれます。『当たり前だ!人は失敗から学ぶんだ。失敗を恐れずやれ』というのが私の答えです。」

鈴木 「事業の多角化を始めたのは、1960年代、私の父の代からです。伝統的な印刷だけでは生き残れないと考え、自社の技術を深掘りすること、そして横に広げること、この2つの視点で事業拡大を図りました。この時から、社内だけで変化を生み出すのではなく、 国内外の他社から積極的に技術を取り入れています。今でいう『オープン・イノベーション』ですね。」

鈴木さんは、1990年に自身のキャリアを金融機関でスタートさせた。東京・アメリカでの勤務を経て、創業者である祖父から経営を受け継いだ父のもとへ戻ってきた。当時の社名は、商号変更前の日本写真印刷株式会社。1998年の入社後、さっそくグローバル化の指揮をとった。

話の途中で、「古き良きものを守っていくことも大事だけれど、役割を終えたものをいつまでも置いておくことは正しいのでしょうか?」という問いが会場に投げかけられた。常に伝統と先進を共存させながら、都としての歴史を継承してきた京都。これまでも数々の人がこうした問いと向き合い、時代を創るイノベーションを起こしてきたのだろう。スケールの大きな話を受け、参加者の表情は真剣そのものだ。

既存の製品を既存の市場で売っているだけでは、会社は進化しない。

鈴木 「今、当社の売上高の8割が海外です。事業ごとに見ると、6割をタッチセンサーなどを手がけるディバイス事業が占めています。社員も半数以上は外国籍ですが、グローバル企業としての体制が十分かというと、まだまだだと思います。ただ、 世界に出ていったことで会社の組織文化は大きく変わりました。お客さまが変わると、会社は変わりますね。品質管理の仕方ひとつとっても、海外市場では国内での常識が通用しません。最初は低い評価を受けました。今までのやり方をガラッと変える必要があったので、当然、社内での反発もありました。柔軟に動ける若い社員に現場を引っ張ってもらいながら、他の社員を巻き込んでいかないといけない。そのバランスは非常に難しいです。

会社を変化させるためには、人材と資金をどこに配置するかが重要ですね。スピードが必要な時は企業の買収も行うため、M&A専門のチームを社内に作りました。既存の製品を既存の市場で売っているだけでは、会社は進化しないんです。しかし、会社が常に動いていて、さらに社会の状況も変わっていくと、どうしても組織の中に“矛盾”が生じます。役割を終えるモノや、時には人が、どうやっても出てきてしまう。 時にはこうした矛盾を抱えながら走ることも、経営のダイナミクスだと思います。」

後継者育成が話題に上った際に、「リーダーを選ぶ時には、どれだけ修羅場を経験してきたか、ということも見ています」と話した鈴木さん。組織の先頭に立ち、最前線で闘い続けてきたからこそ発することのできる言葉が、胸に重く響いた。

強力なリーダーシップと組織の中を整えること、そのバランスが重要。

ここで、プログラムは岡村さんとのトークセッションへとうつっていく。

 


岡村 「創業期からずっと、現状に甘んじず変化されてきていますよね。そして、今ももう次のことを考えて、体制を整えていっておられると思うのですが。」

鈴木 「今の当社の最大のチャレンジは、対象市場をコンシューマー・エレクトロニクス(IT)から自動車や医療機器関連の事業にシフトしていくことです。2010年代は、スマートフォンやタブレット向けのタッチセンサーを中心とするディバイス事業が、事業展開の主軸でした。世界的な大手メーカーの製品に当社の技術が採用されています。しかし、そろそろ次のことを考えないといけません。使われる技術としては自動車や医療機器の分野もあまり違いはないのですが、 仕事の進め方や管理の仕方がこれまでとは大きく異なります。急にやり方を変えるのは難しいので、先を見据えて体制を整えていっています。」

岡村 「今日、改めて会社のホームページを拝見して、すごく会社の意志を感じました。対外的に体裁を整えただけの内容になりがちなサステナビリティレポートなどのページを見ていても、鈴木さんの顔が浮かんでくるような感覚があったんです。これは東京の上場企業では難しいと思います。鈴木さんの考えが会社にうまく浸透しているように感じたのですが、リーダーシップを発揮することと組織の中を整えることのバランスは、どのようにとられているんですか?」

鈴木 「難しいですよね。私は創業家の出身で、おそらくは長期間社長に就任し続ける立場なので、ともすれば独走したり、裸の王様になってしまう可能性もあるじゃないですか。みんなで協議して意思決定することや、 日頃から社員に対して事業戦略の説明を怠らないこと、社外取締役を多数設置して耳の痛いことを聞くようにすることなど、ガバナンスはすごく意識しています。」

岡村 「京都にいてよかったことって何かありますか?」

鈴木 「京都企業の経営者って、皆親しいじゃないですか。一方、けっこう見られているし、怒られたりもするので、しっかりせなあかんなという思いはありますね。京都はかなりガバナンスが効いてますよね(笑)」


 

「変化」という日常的に使っている言葉にこれほどの重みを感じたのは、私にとって初めての経験だった。日本経済が縮小していく中、昨日の成功や目の前の実務を守ることに甘んじていては、未来へつながる変化は起こせない。批判や抵抗を受けても、志を強く持ち、新たな道へと踏み切ること。その決断がいかに重く、いかに大切かを、歯に衣着せぬ物言いで伝えてくださった鈴木さん。たとえ痛みを伴うとしても、変化を続けることで、人も組織も成長していくのだ。厳しさの中にそんな希望が感じられる、貴重な時間となった。

KOINという場もまた、多様な人や事業を受け入れながら変化を続けていく。新しい年度に向けてどんな企画が立ち上がっていくのか、大きな期待とともに「京都に選ばれ続ける企業経営を学ぶ全4回」シリーズが幕を閉じた。

オープンイノベーションカフェとして作られた「KOIN(Kyoto Open Innovation Network)」は、事業を始めたい、広げたい、応援したいなど、さまざまな人の新しい一歩を後押しするための場所。毎日7:30から21:00まで誰でも利用できる場所なので、ぜひ足を運んでみてください。

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