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みんなが幸せになるための経営。ぶれない理念が生んだ京都らしい洋菓子|12/17開催イベントレポート

WRITER : 小坂綾子
PHOTO : 小坂綾子

お濃茶ラングドシャ「茶の菓」をヒットさせ、京都を代表する洋菓子ブランドとなった「マールブランシュ」。その生みの親である株式会社ロマンライフ 代表取締役社長 河内誠さんが、12月17日に開かれたイベント「京都に選ばれ続ける企業経営を学ぶ全4回」の第3回にゲストで登壇した。洗練された華々しい人生を歩んできたように見えて、実際には、数々の紆余曲折を経てきた河内さん。挑戦、挫折、新展開、そして「茶の菓」の開発秘話まで、マールブランシュの軌跡に触れた参加者の表情は、驚きに満ちていた。

株式会社ウエダ本社 代表取締役社長 岡村充泰さんがコーディネーターを務めるシリーズ。河内さんの経営理念の基盤となる考え方を紹介するところから、イベントは始まった。企業ムービーを紹介し、河内さんはこう切り出した。

 『あなたは何のために仕事をするんですか』。会社説明会で最初にする質問です。ほとんどの学生さんが、『あれ?』という顔をされます。卒業したらみんな就職するものだと思っているので、『さあ何をしよう』と思って仕事を選ぶ。僕もそうでした。」

社員はハッピーなのか。問い続ける日々

父親が創業者。学生時代にやりたいことはなかった。1年ほど別の会社で働いた後に社業を継ぐことになったが、どんなエネルギーで経営すればいいのかわからなかった河内さん。

「61歳の僕が今言えるのは、『みんな幸せになるために働きましょうよ』ということ。人生の大半の時間を仕事に使う。それが楽しくなければ、人生は味気ないものになります。」

企業は利益を上げ、存続し、成長しなければならない。だが、それと同じぐらい、自分も社員もハッピーかどうかというもう一つの軸について、河内さんは自問自答する。

「経営もサービスも、もの作りも人がやる。働き方改革では、残業時間の短縮など物質的なことをいわれるけれど、真の働き方改革は人間改革や意識改革、あるいは人生改革ではないでしょうか。人は、ノンストレスで『これをやりたい』と思う瞬間に潜在力を出せる。売り上げと社員の幸せを両立させる経営が、ロマンライフの特徴です。」

あきらめなかったから今がある

河内さんが語った後は、岡村さんが質問をぶつける。父親が創業した飲食業を継ぎ、洋菓子事業を始めた河内さんは、厳しかった経営をどう好転させたのか。自身も同じように父親の事業を継いだ岡村さんは、関心の向くまま河内さんの経営戦略を紐解いていく。

岡村 「実質創業者的な側面がありますね。なぜ洋菓子に踏み出されたのでしょう。事業が厳しい中でお父さんとの関係を保たれたのもすごい。私は無理でした(笑)」

河内 「入社当時に展開していたドライブインレストランの仕事はハードで、ボンボンの自分には無理だと思っていました。その頃人気を集めていた芦屋のケーキ屋さんが1日に30万円売っているという記事を父と一緒に見て、『お前、これやったらできるか』というところから洋菓子がスタートしました。最初は父と一緒でした。」

朝8時から夜中の2時まで営業する自社のレストランとは全く違う雰囲気の優雅な店。「キラキラした仕事をしたい」という憧れが、洋菓子のスタートだった。

河内 「それまでは逃げの人生で、一つのことをやり遂げられない子でした。潰れかけの会社を預かり、ここで逃げたら人生は終わる、だから何があっても最後まで逃げないということは決めていました。洋菓子を始めても10年以上資金繰りに追われていたけれど、『足りなければ銀行で借り、駄目ならもう1回頭下げ、A行で駄目ならB行C行で借りたらいい』と思ってやっていました。たくさんの商品を開発し、そのほとんどがうまくいきませんでしたが、その中でいくつか成功しました。あきらめなかったから今があるということです。父とは喧嘩もしましたが、歳を重ねるにつれ、創業者のすごさを実感するようになりましたね。」

岡村 「その後、せっかく全国展開できたのに、ご両親が大反対の中で京都以外の店舗を撤退する決断をされたんですね。」

河内 「当時、全国の百貨店にお店を出すのが成長路線のサクセスストーリーで、東京や九州、北海道など合計37店舗を出しました。けれど出張に行くと、銀座の百貨店の店長がポツンと働いていて、全然楽しそうじゃない。会社としてのブランド力が上がっても、現場にあるのは疲弊した社員の姿。それで撤退を決めました。」

「無競争」、そして「普通の人であること」

社員が孤独を感じず、会社もつぶれない方法はないかと3年ほど考える中で、スイスを出ずに年商200億あげている洋菓子企業の例を知る。

河内 「このモデルで、『京都』でやろうと思いました。絞り込むのは怖かったけれど、会社が有名になるより、社員の笑顔を大事にしたい。それを保証するには会社が続かないといけない。続くためには、競争してはいけない。だからテーマは『無競争』。それが、頭に浮かんだ唯一の方法でした。京都でやっていると、お客様が『本当に東京にないのね?』と確認される。これは喜んでいただけると確信しました。店舗を増やしたとしても、愛され度が下がればダメになる。その物差しだけはブレませんでした。」

岡村 「社員さんとの距離が近いのも印象的です。個人的な還暦パーティーに社員さんを招き、趣味のバンド演奏をされていましたね。」

河内 「社員は、社長に二つの顔を期待しています。経営のトップとして尊敬できる人、そして普通の人であること。パーティーには、経営者の顔なしに、一人の音楽好きのおっちゃんとして『付き合ってくれへん?』という感覚で『すっぽんぽん』でいくので、僕を見る目が温かく、一体感があるんですね。中小企業の強みは、大企業にはない社員との信頼や結びつき。共に遊ぶ中で、経営上の信頼とは違う、人間としての可愛さや醜さ、どんくささを見せ、社員も見せてくれる。そういう真の関係を作っていきたいですね。」

京都でやる。決めたことに注いだエネルギー

後半は、参加者との対話の時間。テーブルごとに話し合い、河内さんに問いを投げかけた。

参加者 「無競争でいくための戦略と、『茶の菓』の開発秘話を教えてください。」

河内 「京都の洋菓子会社も、京都にのみ店舗を持っている会社も珍しい。『ない』ところを探したということです。毎週東京に行かれる方から『京都らしいお菓子はないのか』と言われた時、『うっ』て思った。そこで、開業当初に売り出して売れなかったお抹茶のクッキーを思い出し、チームを組んで2年後にできあがったのが『茶の菓』です。」

ヒット商品となったお濃茶ラングドシャ「茶の菓」

参加者 「競合他社に負けないためのコツはありますか?」

河内 「お菓子でお濃茶を使ったのは、うちが最初です。お濃茶は高く、コストが合わないためにみんなあきらめたけれど、人がやらないことでずば抜けて美味しいお抹茶のクッキーを作りたかった。一番にやると、お客さんは忘れない。うちの商品が著しく品質が低く、2番手3番手が著しく高ければ負けるけれど、磨き続ければ、先行の利があります。」

参加者 「全国から撤退して京都に集約すれば売り上げが上がることを、最初から想定しておられたのではないでしょうか。」

河内 「自信も勝算もありませんでした。全国展開したものの離職率は高く、息切れしている状態で、店舗や人員を増やした先を考えると不安でした。自分たちの目指す会社を作ろうと思えば、「京都に絞る」以外に選択肢がなかった。それしかないから、そこに賭けた。それしかないから、エネルギーを注いだ。その結果が、今なのです。」

「社員とお客様を幸せにする」。理念にまっすぐに、思いきった決断や挑戦も恐れず企業の存続へ力を注ぐ河内さん。飾らない語り口からは、経営者として、そして人としての「愛され力」が溢れ出していた。経営の本質を見失わず、しなやかに頑固に社員を守り続けるロマンライフを、唯一無二の企業へと育て上げてきた京都。やはりこの地は、自らとともに在り続けるパートナー選びを決して誤らない。そう感じさせられる時間であった。

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