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アートで新しい潮流を生み出す暮らしとビジネスを変える視点|2/18開催イベントレポート

WRITER : 小坂綾子
PHOTO : 小坂綾子

事業家に求められる問題発見力・表現力・発信力をアートで磨く。これまでの趣向とは異なる斬新なプログラムが、2月18日に開かれた。京都で新しいアート体験を提供する「Casie(カシエ)」の代表・藤本翔さんをゲストに迎えてのU35イベント。ビジネスの課題に「アート鑑賞」からアプローチする新感覚のセッションで、参加者を新しい世界へと引き入れた。

司会を務める株式会社「美京都」代表取締役・中馬一登さんから紹介された藤本さんは冒頭、大切な思いを会場に伝えた。

 「ベンチャー企業って華やかなイメージもあるんですけど、僕たちのロゴは白黒で小さく表現しています。主役はカシエではなく、画家さんであり、ユーザーさんだから。そして、ビジョン・ミッションは、『家族ととことん楽しむ暮らし』です」

肩肘張らない語りに、会場はリラックスした空気に包まれる。

「前職一緒だった共同創業者と脱サラしたんですよね。僕は3人子どもがいて、彼も2人いて、子ども5人抱えての創業。そんなこともあって、ごく普通の一般の家庭で夫婦や親子の会話を作っていくきっかけの一つになりたいと思っています。ベンチャー企業って、わりと世の中の社会課題を解決するっていうエモーショナルなミッションを掲げるけれど、僕の思いは『ここがもうちょっとこうなったらジャパン素敵だよね』というところ。アートの市場規模にチャレンジングな姿勢をとりたいですね」

インテリアの文脈を育てる

絵を貸すサービスを提供する「カシエ」。サービスはサブスクリプション(月額定額制)で、自宅に原画を飾る体験を届けている。扱う作品は全て預かり資産。流通の術に困っている画家から、京都市内の倉庫に預かり、ユーザーに作品を提案して届け、その売り上げの一部35〜60%を、画家に報酬として還元する。現在は320人6500作品を預かっている。

「世界のアート市場の規模からすると日本は少ないけれど、美術館に行く人は多い。アートの好きな人は、部屋に絵を飾りたいけれど、どこで買うか、いくらが相場かわからないんですね。作り手側も、国内80万人の画家の93%は流通の術がない。アートの文脈では、資産価値のある作品はコレクターに買われて価値が上がるのに、そうじゃない作品は『インテリアに高い金額を払えない』となる。インテリアの文脈がしっかり育てば、本流のアートの文脈も育つと思っています」

 藤本さんが目指すのは、日本のアート産業を底上げすること。そのために、「アートに気軽にアクセスできるスターターキットを作る」というのがカシエの思いだ。インテリアの文脈を育てるため、価格を安くし、かつ原画に触れられるしくみを導入。飾り比べて絵を選ぶ経験を積んでもらうとともに、その絵を手がけたアーティストの物語も同梱し、近く感じてもらう工夫もしている。

「創業のきっかけは、34歳の若さで他界した父親にあります。父は売れない画家で、母親のパートで生計を立てていました。父のように流通の術がなくて売りたいのに売れない画家さんのために何かできないか、と。創業時の年齢はちょうど34歳でした。カシエでは、絵が交換されるまで飾られていて、人の目に触れられ、報酬もずっと入ってくる。生計は立てられないとしても絵をつづける原資にはなります」

共同事業者と家族の存在が力に

カシエの紹介が終わると、グループで感想をシェアし、質問を考える時間へと移った。

参加者 「どんな力を借りてスタートアップされたのですか」

藤本 「貯金を崩すことを許してくれた妻に救われました。会社を登記して脱サラしたのが2017年7月末。貯金を担保に創業資金を借り、毎月キャッシュアウト、みたいな状態が2年ほど続きました。幼稚園バス代が払えず、僕が自転車で送り迎えしました。事業が軌道に乗り始めて最初に会社経費でやったのは、家族旅行でしたね」

 

参加者 「共同創業者にどう思いを伝えられましたか。売上ゼロの時期など、ケンカとかはなかったですか」

藤本 「どうしてついてきてくれたのかな?愛し合ってたのかな?(笑)苦しい時期は毎日1時間くらい電話しました。そういう相手がいないと僕のメンタルは持たなかった。何度も諦めかけて、でも彼は、代わりの事業を考えるなら『なんとかしよう』を考える方がいいって言いました。僕はゼロイチが得意で、彼はイチジュウが得意。ゼロイチを生み出せてないのに諦めたくなかった」

 

参加者 「僕は芸大生で、絵を描く側からサービスを見ています。ユーザーさんがどんな人かわかれば、モチベーションが高まると思いますが、情報は入ってきますか」

藤本 「まったく同じ意見をもらっていて、アーティストさんには創業時から、作品がどんなユーザーさんにどう思われ、どんなところが好まれているか、フィードバックしています。作り方のヒントにもなりますね」

観察力から生まれるアイデア

いよいよ後半のワークショップ。作品のスライドを見て、アーティストが男性か女性か、そして、「何に見えるか」を考える時間だ。考えたら、チームでシェアしあう。

 「見え方は人それぞれ。しっかり見るのが大事。まず最初の作品を1分くらいかけて見てみてください。ジャンルとしては抽象画。イメージを膨らませやすいと思います」

「有名な画家の絵だと先入観が入るけれど、知らない状態で出会ったほうが、アートは面白い。ちなみに、この作品はあべみずほさんという女性。『TRUE_BLUE_II』という作品で、裏には『本当の青色って、この世にはないよね?』というメッセージが書かれています。青の作り方はたくさんあり、人に置き換えると十人十色。自分と同じ人はいない、ということを表現しています。次の作品は、チームでタイトルをつけてみてください」

参加者 「『思い出』とタイトルをつけました。過去に初めて行った場所の絵。周りの建物は覚えてないけど、ここの(強調されている)三つだけは記憶にあるのかなと」

藤本 「めちゃくちゃいいですね。正解ってあるようでないですよね。実は、画家さんから預かった作品には半分以上タイトルがない。タイトルがあると、そうでしか見えなくなる、という思いがあるんですね」

「ブルーの抽象画は議論しやすかったのに、2番目の絵では、みんな静かでしたね」と藤本さん。「なぜかというと、答えが見えるから難しい。抽象画は、『魚かな』『海を上から見てる』『かるた』とか自由に考えられます」。答えがない方が難しくないという理屈には、ハッとさせられる。「でもこういう視点でじっくり見ることは、観察力を伸ばせます。今は情報が流れていく時代で、ピタッと止まった時間で何かを眺めて考える経験が少ない。観察力をつけると、人が気付かないサービスやビジネスが作れようになると思っています」

「主役は画家さんやユーザーさん」「カシエのメンバーは家族」と語った藤本さん。その淡々とした口調の奥に、周囲の人々やアートへの熱い思いが感じられ、参加者たちの心を終始惹きつけてやまなかった。「アートって面白い」「さっそく絵を飾ってみたい」と、その魅力に触れた参加者たち。それぞれにアートから何かを得て、日本の文化を変えていく一歩を踏み出すことだろう。

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