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過去の経験や異なる立場から、仕事に活きる「自分の中の多様性」が生まれる。| 11/7 開催イベントレポート

WRITER : 柴田 明
PHOTO : 柴田 明

11月に入り、京都をぐるりと囲む山々が赤や黄に色づきはじめた。共創の場「KOIN」では、初回よりも更ににぎやかな雰囲気の中、「自分を生かして働くための全4回」の第2回が始まろうとしている。

株式会社ワコールホールディングス ダイバーシティ・グループ人事支援室 室長 鳥屋尾 優子(とやお ゆうこ)さんが「アレルギーで喉が痛くて、飴を舐めながらのお話になってしまいますが……」とお詫びを口にすると、会場の皆さんがあたたかな笑顔で応えた。企業に所属しながらも個々が自分らしく働き、創造性を高め、豊かな人生を送る「働き方」についてお話しいただくこのシリーズ。前回の振り返りからお話が始まった。

> 第1回 企業に所属しながら、自分らしく働き、豊かな人生を送る「働き方」

今回のテーマは「リフレーミングしよう〜自分の中の多様な視点が新たな意味を紡いでいく〜」。最初に「自分の中の多様性」という言葉が登場した。組織の多様性に関する話は最近よく耳にするようになったが、ひとりの人間の中に、いったいどんな多様性があるというのだろうか。

 「たとえば、私には姉がいるので、“妹”としての自分がいます。子どもたちにとっては“母”であり、自分の両親の“子ども”でもあります。会社では、これまでに“財務”、“広報”、“ダイバーシティ責任者”など色々な立場を経験してきました。何か新しい壁にぶつかった時には、多様な立場で感じてきたことを棚卸ししてみるんです。ある立場で気づいたことを違う立場で応用すると、うまくいくことがけっこうあります。

例をひとつ、お話ししますね。“母の立場の私”の経験を“マネジメントをする立場の私”に応用した、私の経験です。うちの家では、夕食の時に『ごはんできたで』と呼んでも子どもたちがなかなか席に着かず、私が怒るということがよくありました。あたたかい食べ物は冷める前に食べてほしいから、『早く!』と思うわけです。でも、私も毎回怒るのは疲れるので、子どもをよく観察してみました。すると、そういう時は私が声をかけるタイミングがよくなかったんですよね。読んでいる漫画や見ているテレビ番組があと少しで終わる時は、ほんのちょっと待ってから声をかけたら、すっと立って食卓に来るんですよ。

この時に母として、相手のリズムを見ることを学んだわけですが、そのおかげで会社でも、メンバーに『今ちょっといい?』と声をかけるタイミングをはかれるようになりました。これは小さな例ですが、自分の中の多様性を見つめ直し、捉えなおす、つまり“リフレーミングする”と、こういうことがたくさん出てくると思います。」

この時点ではまだ、自分の中の多様性にピンと来ていない人も多かったように思う。それぞれに疑問を抱えたまま、話は3つのキーワードへと移っていった。

1. 複数の立場を持つ

「自分の立場を増やすことは、異動とか転職のような大きな環境の変化がなくても、実はけっこう簡単にできます。皆さんだいたい、いくつかの仕事を並行して進めていると思うんです。私は、それぞれの仕事の中で違う立場に自分を置くことを意識していますし、これまでメンバーにもそういう依頼の仕方をしてきました。

たとえば、チームで進める仕事がいくつかある場合に、あるメンバーに

Aの仕事:リーダーとしての成果を求める
Bの仕事:リーダーの下につくメンバーとしての成果を求める
Cの仕事:個人としての成果を求める

という風に役割を与え、1人が複数の立場に立てるようにするんです。Aでリーダーとして、周囲への働きかけや指示の出し方を一所懸命考えますよね。すると、仕事を前へ前へと推進する役目を担う人の気持ちがわかるようになるので、Bの仕事でリーダーをうまくフォローできます。一方、チームでのパフォーマンスアップだけでなく、個人のスキルを確実に上げる仕事として、Cの仕事もちゃんと割り振っておきます。こんな風に自分の中に3つの立場を作っておくと、確実に視点が多様化します

一人ひとりが立場を増やしていくと、チームの会議が変わっていきます。議論を前に進めるために何が足りていないかを意識して、場面に応じて必要な役回りをできる人が増えていくんです。この力は、ものごとを前進させるためにすごく大事です。」

話がぐっと実践的になり、皆さんの目線が心なしか角度を上げる。まっすぐな眼差しをやわらかく受け止めて、鳥屋尾さんが「簡単なことではないので、私もいまだにずっと練習しているんですけどね」と無邪気な表情を見せた。

2. 過去を意味付けする

「私がワコールスタディホール京都を立ち上げた時に、どんな風に過去を意味付けし、リフレーミングしたかをお話ししますね。

スタディホールは新規事業なので、とにかくやるべきことが山積みでした。カリキュラムの企画、講師へのアプローチ、施設のネーミングとコンセプトの決定、会計システムの設計と整備、顧客データ管理、お客さんとのコミュニケーション、スタッフ採用などの仲間集め……オープンまでの半年間にすごい量の仕事があったので、不安にもなりました。でも、財務部にいたから会計はわかるし、全部自分でできなくても誰に頼ればいいかはわかるよな。講座のコンテンツを考えるのは広報部でしていた編集作業と一緒なので、やり方はわかる。そんな風に、過去に自分がやってきた仕事を目の前の仕事に置き換えて、活かしていくという考え方です。

もうひとつの“過去を意味付けする”考え方をご紹介すると、過去にはわからなかったことが色々な経験をしてきた今だからこそわかる、ということが皆さんにもあると思います。過去の仕事を思い出して今と照らし合わせてみると、『あの仕事って、今のこの仕事につながっていたんだ』『あの時の経験は、私にこういうことを教えてくれていたんだ』と気がつくことがあります。このように、過去の仕事を棚卸しして新しい意味をつけていくことも、リフレーミングの一種として私はよくやっています。」

3. 自分に「問い」を投げておく

「問いを自分に投げるということを、私は小さい頃からずっとやっています。自分のもやもやした感情を無理に言葉にして定義づけてしまうと、感じること・考えることがそこで終わってしまう気がするので、わからない時はわからないまま頭の中に置いておくんです。そこで大事なのが、『わからないから今は答えを出さない』と決めることです。何か決断をする際にYES・NOの他にもう一つ『今は答えを出さない』という選択肢を持ち、問いを自分に投げておくのです。

答えを出さない問いを投げておくと、アンテナが増えて、日常の中で起こったことから考えが発展していきます。わからないことはいくら考えてもわからないから、調べる。これが鉄則です。そして、調べたことからまた考える。この繰り返しの過程で、自分の中の多様性に気づくこともあります。」

後半は、参加者の皆さんからの質問に鳥屋尾さんが答えていく。前半の最後に「あなたが持ち続けている『問い』はなんですか?」という個々の内面にじんわりと響くような言葉が投げかけられ、それぞれの微妙な感情の揺れをはらんで、会場の空気感がわずかに変わったように思えた。

今回も、皆さんからの質問をいくつかご紹介したい。

 


Q. 組織の中で、自分も周りも納得できる最適な立ち位置をどうやって見つけているのでしょうか?

「お互いの立ち位置や仕事の範囲を明確にすることが大事かなと思います。全てのことに合意形成をするのは難しいですよね。私は、抽象度の高い『方向性を決める』ことと、具体的な『進め方を決める』ことをわけるようにしています。全員と各論の話をしだすとキリがないので、方向性の最終判断は責任者が行うけれど、具体的なやり方に関しては現場の皆で考えたいというように、それぞれの範囲を明確にすると進みやすいです。」


Q. 仕事よりも距離感の近い家族との関係をうまくつなぐにはどうすればよいでしょうか?それを仕事でも活かせますか?

「家族の中で学んだことを組織のマネジメントに活かせる場面は、すごく多いです。私は家族をよく観察するようにしています。うちは兄が大学生、妹が小学生で、お兄ちゃんばっかり褒めると、妹の機嫌がどんどん悪くなってしまうんですよね。褒める場所やタイミングを間違えると全体の関係性が崩れてしまうという経験は、会社でもリフレーミングして使っています。

もうひとつ、娘は私が直接褒めるよりも、相方に『お母さんが褒めてはったで』って言ってもらうのが一番効くんですよ。これは会社でも同じで、上司に直接褒められるのは嫌な人もいるんですよね。そういう時は、隣の課長さんに『最近うちの課の◯◯さんめっちゃ頑張ってると思いません?声かけてあげてくださいね!』って言っておくなど、違う道を考えます。」


 

人を褒めることは難しいと、鳥屋尾さんは言う。メンバーに対して上から目線にならないよう、褒めるのではなく「承認」を心がけ、その人の具体的な行動や成果を小さなことでも日々伝えるそうだ。そう書くのは簡単だが、実行するためにはきめ細やかな観察と気遣いが欠かせない。ひた向きに自分と仲間の成長を追い求める鳥屋尾さんの姿に、早くも12月18日(水)に開催される第3回「スキルを高めよう」を待ち遠しく感じながら帰路についた。

オープンイノベーションカフェとして作られた「KOIN(Kyoto Open Innovation Network)」は、事業を始めたい、広げたい、応援したいなど、さまざまな人の新しい一歩を後押しするための場所。毎日7:30から21:00まで誰でも利用できる場所なので、ぜひ足を運んでみてください。

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