「コワーキング」の意味を捉え直し、まちの可能性を広げる場づくりを目指す | 12/4開催イベントレポート
コロナウイルスは私たちの生活だけでなく、働く環境にも大きな影響を与えた。テレワークで働く人が増加し、京都市内でも「コワーキングスペース」と名前が着く場所がまちのあちこちに増えている。
12月4日にKOINにて開催された「コロナ禍の今、“場”の役割を問い直す vol.2 」では、コロナ前から「コワーキングスペース」の可能性を探り、それぞれが思い描く場を追求してきたゲストを招き、お話を伺った。
「仕事に集中できる貸しスペース」ではなく、共創・協業が生まれる「Coworking」へ。イベントの中で再度、場の役割を参加者とともに問い直す時間となった。
まちの中のインフラとして機能する場を目指して
最初にお話いただいたのは、滋賀県の湖南市と守山市で「今プラス」というコワーキングスペースを運営し、起業家としても活躍する中野 龍馬(りょうま)さん。
中野さんは7年前、湖南市の小さな古民家を改修して、コワーキングスペースを始めた。駅から遠い場所にあったこともあり、半年間はまったく人が来なかったそうだ。3年たって、ようやく1週間に1人、利用者がくるようになった。
「都会じゃなく、小さなまちでも『コワーキング』が成り立つんだということを実際にやってみたくて。
本業のHP制作会社としての売り上げを元手に、もっと本腰を入れてやろうと思いました。そこで4年前に、今の場所に『今プラス 元歯医者さん店』を移転しました」
▲入り口近くにスタッフがいるため、新規の方や会員さんと自然と交流が生まれる。
甲西駅から徒歩30秒という好立地だが、平日の昼間にはほとんど人が通らないという。しかし徐々に認知が広がり、今では高校生から60歳ぐらいまで幅広い年齢層の方々が仕事や勉強で利用している。高校生がおじいちゃんにTikTokを教えている、日常にはそんな光景が見られる。
さらに、2店舗目「元布団屋さんの倉庫店」は、“起業家の集まるまち”としてさまざまな取り組みをおこなう守山市にオープン。こちらは、学生やフリーランスの他にも、将来起業したいと考えている会社員の方も多く利用されているそう。住宅街の中にあるが、オープンから半年で「元歯医者さん店」の売り上げを上回るほど、多くの方が利用している。
▲両店舗とも空き物件をフルリノベーションして作られた
また、長期的に利用している方が多いのも、今プラスの特徴だろう。その理由のひとつが、どんな人も居心地の良い「空間設計」だと中野さんはいう。
「コワーキングスペースをつくる前に、日本と海外合わせて50軒以上回って話を聞きました。中でもうまくいっているなと思う場は、交流したい人も、集中して作業に取り組みたい人も、どちらにとっても居心地のいい空間になっていた。そこで、しゃべってもOKな空間を3割、しゃべらず作業に集中する空間7割設けるようにしたんです」
これまではWEB制作会社とコワーキングスペース運営を1つの会社内で行っていたが、2019年からは分社化し、「しがと世界」を設立。「滋賀を世界一住みたい場所にする」を目標に、コワーキングの運営場や新たなビジネスの創出で、地域の課題を解決を目指していく。
さらに中野さんも新規事業として、「声のアルバムhug」というアプリケーション開発を始めた。写真や動画のように、大切な人との声の記憶を残し、共有できるアプリなのだそう。まずは自分から新しい事業を始めようという姿勢が、周囲の良い刺激にもなっているのだろう。
「まちの課題をビジネスで解決できるのはすごく面白い!と思って、『しがとせかい』を始めました。大きな目標ですが、本気で滋賀から1000個の新規事業をつくりたいと思っています」
コミュニティコーディネーターが関係性をつなぎ、「互いに与え合える」場へ
「ふーみんと呼んでください!」とすてきな笑顔で自己紹介してくれたのは、大阪・堺筋本町にある「The DECK」のコミュニティコーディネーター向井 布弥(ふみ)さん。
10歳から地元である奈良県明日香村のPR劇団に携わってきた。これが、自身のコミュニティ活動の原点になっているという。結婚して大阪に移住。前職でコワーキングスペースに関わるようになり、たくさんのコワーキングに足を運ぶうちに、どんどんその面白さにはまっていった。
関西のコワーキング運営者のつながりを強化し、面白いムーブメントを起こしたいという思いから、「関西Beyond the Community」という団体を立ち上げた。2020年には、スタートアップ支援や、協業・共創の創出に特化した関西のコワーキングの関係者と共に「コワーキングフォーラム2020」を開催。会場となった大阪イノベーションハブのイベントとしては、過去最多の参加人数。イベントは大盛況となった。
▲コワーキングフォーラム2020には、本イベントの進行役、タナカユウヤ氏も登壇
現在向井さんは「The DECK」のコミュニティコーディネーターとして活躍。The DECKは、堺筋本町駅からすぐのオフィス街にあり、ユーザーは会社員、フリーランス、ものづくりクリエイターから、VR/MR/VRのベンチャー企業、大企業や行政の従業員・職員がサテライトオフィスとして活用している。
1階はコワーキングスペースとものづくりスペースとイベントスペース。2階はシェアオフィス。ものづくりのアーティストが制作したモニュメントが飾られていたり、体験型アート作品の展示も行っている。
▲多様な人が行き交うThe DECKでは「誰も排除しない」ことをモットーにしているという。
「代表の森澤さんに、The DECKはどんな人をターゲットにしているのかと尋ねたことがあるんです。そうすると、『ターゲットを決めることで、それ以外の人が来にくくなるような場所にはしたくない』と。大切にしているのは “Make It Happen”。一人では実現が難しいものでも、ここへ来ることで可能性が広がる。そんな場所でありたいと思っているんです」
その実現のためのサポートをするのが、向井さんを含めた6人のコミュニティコーディネーター。ものづくりのエキスパート、英会話の先生など、皆がユニークな経歴を持っている。
「うちはコミュニケーションがウェットな方だと思います。会員さんとの日常会話の中から、ヒアリングした情報をスタッフ間で共有するようにしています」
コミュニティの語源が好きだという向井さん。「CO:互いに」「MUNUS:与え合う」というように、The DECKでも一方が与えるのではなく、互いに情報や考えを与えあえる場でありたいと考えている。また、多様な人が行き交う場を目指しているため、ドロップインでの利用もウェルカムだ。
「30分単位でご利用いただけるので、出社前にコーヒーブレイクだけの利用もOKです。PCを持っていなくても、人見知りでも、一度顔を出してもらえたら」
何か実現したい思いを持つ方は、ぜひThe DECKを訪れてみよう。一人では難しいことも、実現をサポートしてくれる人がここにはいるかもしれない。
「コワーキング」の意味を今一度、捉え直す
ゲスト二人の熱い自己紹介トークの後は、前回に引き続き、ファシリテーターを務める株式会社ツナグムのタナカユウヤさんと3人でディスカッションを行った。緊急事態宣言下での取り組みや、「コワーキング」のあり方などについて、ゲストそれぞれから話を伺い、会場は大いに盛り上がった。会場だけでなく、オンラインの参加者からも質問やコメントなどが多数届いた。その様子を一部抜粋して、お伝えする。
ーーコロナウイルスの影響によって、運営方法に変化はあった?
中野:1ヶ月間閉鎖していましたが、会員さんが一人も減らなかったんです。それどころか、「自分の将来がこのままでいいかわからなくなった」「企業に勤めていて大丈夫か不安になった」という声が多く、自己研鑽して起業したいという目的から会員になる方が増えました。
向井:うらやましい!大阪では出社する人が減り、一時期は閑散としていました。ようやく最近人の流れが戻ってきましたが、リモートワークになって大阪に戻ってきた方、関東の面白いスタートアップ企業が拠点を大阪に持つ方など、来る方の種類が少し変わったように思います。
タナカ:移住という観点でみても、少し変わってきたかな。これまでは「完全移住」という選択肢しかなかったけど、仕事を持った状態で移住するという人が増えていて。そういう人が場所として求めているのが、コワーキングなのかもしれませんね。
中野:滋賀もコワーキングの数が増えましたよ。商業施設の空いたテナントや空きスペースを有効活用の選択肢として、コワーキングをオープンするところも出てきました。
向井:都市部でも、大企業がコワーキングを運営している場所が多々ありますね。「コワーキングスペース」という言葉が注釈なしに話せるのはうれしいですが、これでいいのかなと疑問に感じることもあります。
タナカ:京都でも、ホテルや宿のラウンジで「コワーキング」と銘打って開放しているところもあります。でも、コワーキングの「CO」が、個室の「個」になってしまっているんじゃないかな。言葉だけを掲げるのではなく、「共に仕事をする」というもっと本当の意味を知ってほしいですよね。
ーー各スペースの「協業、共創」を生み出す工夫
中野:僕たちが今取り組んでいるのは、新しく事業をやりたい人を雇用して、その人と一緒に事業を作っていく、という流れです。うちが給与を払うことで、新規事業に専念してもらう。そのケースをどんどん増やしていく方が、滋賀には合っているんじゃないかと。
向井:お給料がもらえるから、安心して事業に専念できますよね。
中野:今は大学生をひとり雇用して、学生に特化した事業を始めています。短期的にやるのではなく、収益があがるまで、法人を作るまで頑張ってみようと。
向井:うちではものづくりのクリエイター同士のコラボレーションは、よく生まれています。スペース内に展示されている作品に興味を示された方がいたら、スタッフが代わってお話することも。商談したい方と会員さんをつなぐだけでなく、スケジューリングまで担うこともありますね。
タナカ:コワーキングのスタッフって、会員さんの営業マン、広報をすることもあるよね。
向井:そうですね。日々のコーヒータイムで「どんなことを実現したいのか」「困っていることはないか」などをお聞きします。例えば、「クラウドファウンディングしている」と聞いたなら、その内容をメルマガに載せたり。会員さんの仕事や活動を、どう応援できるのかを常に考えていますね。
タナカ:今プラスでは、緊急事態宣言中に「オンラインコワーキング」も始めたんですよね。
中野:はい。今も「元歯医者さん店」と「布団屋さんの元倉庫店」をつなげてやっていますよ。「なべさん」と「猫」はいつもいますね。
タナカ:なべさんと猫!?
中野:プログラマーの会員さんです。平日は自宅からリモートで参加してくださって、土日は今プラスにきていただいています。いつもオンラインにいるので、知らない方には「社長ですか?」と聞かれますね(笑)。最近は、猫がいる会社も参加してくださるので、平日は画面上に、猫となべさんがいつもいます。
「なべさんに会ってみたい」というコメントも。
タナカ:なべさんのような会員さんは、ただ場所にお金を払っているんじゃなくて、今プラスというコミュニティに利用料を払っているんでしょうね。
中野:最初は席代として払っている人が多いと思うんですが、3〜4ヶ月たつと、話が合う人ができたり、情報交換ができたりするなど、コミュニティ代として払ってくれているんじゃないかな。うちは長年、会員であり続けてくれる人が多いです。
ーーこれからのコワーキングの可能性について
向井:今日、京都のコワーキングを何か所か訪れてました。「KOIN」や「QUESTION」のように行政や銀行が運営するスペースに、タナカさんをはじめとする民間の色んな方が関わっている形をみて、未来のコワーキングの可能性を感じました。会社や役職も地域も超えていけたら、会員さんに還元できるものはもっと増えていきそうです。
閉会後、リアルでは交流の時間もあり、ゲストから直接話をきくことができた
向井:今、たくさんのコワーキングが生まれていますが、やはり運営側が「コワーキング」を体感しているのが大切だと改めて感じています。「場所貸し」になっていないか?そこにコミュニケーションはあるのか?場を設計する時点から、色んな方を巻き込んでいくのが理想ですね。
中野:コワーキングが「コミュニティありき」の場所になれば、そのまちのインフラにもなり得ると思うんです。僕らはそこを目指しています。
タナカ:理想としては、地域の課題が持ち込まれる場所だよね。「あそこの土地が余ってるけど、どうしよう」「あの店継ぐ人いないらしいよ」とか。コワーキングが街の相談所になるような、未来になるのではないかな。
向井:コワーキングは場所じゃなくて、やっぱり人なのかな。カフェだといきなりそこにいる人に話しかけるのは難しいけれど、コワーキングならコミュニティマネージャーが仲介してくれたり、利用者から話しかけてくれたりします。そこがうまく機能しているなら、たとえ屋外でもバーチャルでも、「コワーキング」です。
3人のトークは大いに盛り上がり、予定時刻より少しオーバーしてイベントは終了した。全員が口を揃えていっていたのは、「コワーキングは、人ありき」。どんな場所なのかという外側の部分ではなく、どんな人がそこにいるのかということ。コワーキングに興味を持つ方は、ぜひゲストのようなユニークな人たちがいる場所をまわり、自分にフィットする場所を見つけていただきたい。
執筆・写真:三上由香利
企画・編集:株式会社ツナグム